ジョッパリ・ワールド

ブレードランナー続編「Blade Runner 2049」でデッカード レプリカント説はどうなる?

      2016/10/09

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ブレードランナー以降、SF映画は原理原則や社会の仕組みにまで、想像力の具現化が見られるようになった気がする。

単なる空想遊戯であれば何の制約も求められないが、現代の延長線上にある世界(SF)を描こうとすればブレードランナーのように社会の変遷を視野にいれたインスピレーションの映像化が必要になってくる。

人類が生み出すだろう、最も畏怖すべきリアルな科学など。

先走る空想に人間ドラマが追従する必然性が求められるはずだ。

未来を連想させるギミックはやはり単なる背景の役割でしかない。なんと言えばいいのか難しいけれど、未来という漠然とした設定に必要以上に頼っていない所がブレードランナーの秀逸さに思える。

まず明快な時代がデザインされる事で、それ以外の全ての要素が自己相似を伴う現象ではないか。

※続編のタイトルが「Blade Runner 2049」に決まったようだ。SF映画の金字塔、新スタンダードとなった世界の2度目の産声に期待したい。

BUCK-TICKって結構SF的?

話はブレードランナーから一旦大きく逸れるが。
久々にBUCK-TICKの「悪の華」というアルバムを聴いて悶えていたw

NATIONAL MEDIA BOYS 」が昔から大好きな曲だったけど、歌詞の意味についてはあまり深く考えながら聴いてはいなかった。

だがある日突然、この歌の世界観がブレードランナーにおけるネクサス6型レプリカントの状況を語っているように思えてきた。

♪超人は千年まで夢を見る 、、、の出だし始まる歌詞の世界。

♪踊れ踊れ仕組まれた、Metoroの夜の 、、、

♪狂気の淵で君を待つ天才と神の気まぐれ 、、、

NATIONAL MEDIA BOYSの歌詞

天才科学者タイレルによって、人間そっくりに作られた有機体アンドロイド。レプリカントはその寿命が4年と短い。しかしいつの日か感情を持つようになり、人間の奴隷という立場を嫌い始める。

奇形の人間なのだ。

私は以前から、BUCK-TICKの世界観にサイバーパンクに通じるものがあると勝手に思っていた。「NATIONAL MEDIA BOYS」以外にも、レプリカントのような存在を物語の中心に据えてやると、しっくりくる楽曲がいくつかある。

「NATIONAL MEDIA BOYS」の歌詞で、”キミニ告グ、ユメワオワラナイ”_という箇所があり、これをブレードランナーのラスボスだったレプリカントの”ロイ”から”タイレル博士”または人間全体に向けられた言葉(警鐘)と取ると面白い。

実際の所は、ナチス時代ヒトラーの扇動により狂気に走る青少年達。そんな世界観をある種、喜劇的に描いているとのこと。

この曲を作ったのは天才・今井寿だが、SFの世界観は材料の一欠片としてあっただろうか?

ブレードランナー 続編でガフの折り紙の暗示

デッカードが何者で、ガフの折り紙についての詳細はこちらから確認できます。

参考『ブレードランナー』は、1982年公開のアメリカ映画。フィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としている。

さて、ブレードランナー 続編では、デッカードのレプリカント説の真偽が明かされそうだ。

そもそもブレードランナーの住人達は家族臭が皆無である。誰がレプリカントだったとしても不思議ではない、そんな世界だろう。

続編の世界は、ブレードランナーから数十年後(西暦2049年かな?)の世界である。

続編は3部構成であり、第3部にデッカードは登場するらしい。

これだけ聞くといかにも、彼がレプリカントとして狩られる側っていう推論を抱かせる。たしかにブレードランナーにみるデッカードのタフさは尋常ではないものがあったが、、、。

深読み上等のSF作品だけに、妄想し出せば休む間がない。

そもそもブレードランナーのエンディングには複数のパターンが存在する。

  • オリジナル劇場版(1982年)
  • インターナショナル劇場版(1982年、通称『完全版』
  • ディレクターズカット 最終版(1992年)
  • ブレードランナー ファイナルカット(2007年)

※私はファイナルカットしか見た事がない。ちなみに最終版がよりデッカードレプリカント説の根拠を示す編集になっているようだ。

ディレクターズカット(最終版)に挿入された、「デッカードが見るユニコーンの夢」とガフが最後に折った”ユニコーンの折り紙”が、デッカードレプリカント説の説得力となっっている模様。

普通の人間がユニコーンの夢を見たりはしない。ガフはデッカードの監視役であったが命短しレイチェル共々見逃したという説がある。(※レプリカントの見る夢は人工的に埋め込まれたもの_という推論。

またユニコーンは幻獣である。存在しない生物であり、奇形の人間であるレプリカントとダブルイメージでもある。

麗しのレイチェル、、、何処へ

1980年当時、レイチェルを演じた米女優ショーン・ヤングの美しさ。

今見返してもため息モノである。

橋本愛さんのような丹精な顔立ち。済んだ瞳につい吸い込まれてしまう。

そしてレイチェルとデッカードのキスシーンが忘れられない。レイチェルの瞳からは涙が溢れだしていた。そこにあったのは、紛れも無い人間としての感情だった気がする。

もしデッカードがレプリカントだったのなら。

こんな皮肉に満ちた、恋話はないだろう。

すっかりオバサンになってしまったショーン・ヤングだけど、続編ではオファーがないことに些かご立腹だというw

確かにヒロイン的存在だった、レイチェルのその後が描かれないとしたら寂しいな~。リドリー・スコットの監督降板も含めて。