ジョッパリ・ワールド

「常子さん ありがとう」は花山伊佐次の遺言か?とと姉ちゃん第154話の感想

   

とと姉ちゃん、花山の死を描く

近々、花山伊佐次(唐沢寿明)は病気で逝くようだ。

花山のモデルとなった、花森安治って調べてみると本当に凄い人だった。

花森は現在でいうところの、グラフィックデザイナー、ジャーナリスト、コピーライターを兼任出来る多彩すぎる人物。

「とと姉ちゃん」においてその人柄は概ね踏襲され、「あなたの暮らし」の表紙などは実際に花森が描いた挿絵が使用されている。

興味のある人は「暮らしの手帖 表紙 – Google 検索」をご覧あれ。

花山伊佐次の死際は描かれるか?

「とと姉ちゃん」最終週(第26週)、花山に死が迫って来る。果たして最期はどのように描かれるのか。

花山のモデル、花森安治は昭和53年(1978年)に66歳で亡くなっている。心筋梗塞だった。

花森は死の数時間前、好物のばら寿司を持って訪れた鎭子に「ありがとう」と礼を述べているが、これが二人にとって最後の会話となったとか。

この事実を知ると、「ありがとう」が皮肉めいた遺言に思えて切ない。彼は人生の締切を知っても、それを引き延ばすより原稿(仕事)を優先したんだと。

花山もきっと変わらずだろう。

ばら寿司が、戦争特集号の原稿に置き換わる程度で。

ただ一つ気になる事がある。

それは「とと姉ちゃん」が、とりわけ登場人物の死際を描いてこなかった事だ。

かか(木村多江)の死ですら、ナレーションベースだった。息を引き取る瞬間、看取る場面は割愛された。

穏やかに逝ったと想像出来るが、これさえ視聴者に丸投げとは如何なものか。

なんとか映像で見せて欲しかった部分だった。

家族の絆は「とと姉ちゃん」において大切なテーマの一つ。ありのままを見せてくれるだけで視聴者は納得できる。

臨終のシーンをしっかり描こうとすれば、当然それなりの時間を割く事になる。「あさが来た」を思い出してみれば分かりやすい。

ナレーションベースの死は時間の節約にはなるが、視聴者としては大切な何かを見逃した気分になる。

ただし花山伊佐次の死はナレーションベースを希望する。まかり間違って苦しみもがき、原稿を撒き散らすようなシーンを描いてくれるなよと願う。

こときれた傍らに完成原稿が備わっているのが理想だ。これが一番泣ける。

最期は風と共に去りぬでいい。

(※29日の放送で花山は常子に一枚の絵を手渡す。「あなたの暮らし」次号の表紙だった。その際に「常子さん、どうもありがとう」という言葉も添えた。死期を悟っていたとしても、「いままで どうもありがとう」と言わない花山がいた。)

常子の涙に心をえぐられる

「とと姉ちゃん」第154話、花山は常子に口述筆記を指示する。

自分に何かあったら「あなたの暮らし」のあとがきに載せて欲しいという事だった。これは紛れもなく読者に向けた最後の言葉、遺言だ。

次第に常子の目から涙が溢れる。

「花山さんがいなくなったら、私どうしたらいいんですか_」と。

その涙は時間差で左右の頬を伝った。

「とと姉ちゃん」始まって以来、こんな無垢で綺麗な涙は見たことがない。

まるで子供の常子が泣いているようで切なかった。

唐沢寿明、高畑充希の演技が罪深いレベルと揶揄されそう。